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ナルニア国物語:カスピアン王子の角笛

儂はたいがいどんな映画でも観る。とくに食わず嫌いはない。んだけど、強いて言えばミュージカルファンタジーにはさほど触手が動かない。いや、それでも観るんだけどね。んで、結果的にがっかりして帰ってくることが多いんだわさ。ミュージカルは劇場で観るもの、そしてファンタジーは本で読むものとどこかで思っているからかもしれない。

とくにファンタジーにかんしてはほとんど偏見。だってさ、自分の想像力で補完しなきゃ非現実の世界ってシラけちゃわない? そういう意味で『指輪物語』三部作は、もんのすごい名作というかエポックメーキングだったわけだけど、それまで当らないとされてきたファンタジー映画がこの期に及んで粗製濫造される結果を生んだという点では大きな罪があるともいえますな。

ナルニア』シリーズは、まさしくそんなAD指輪を代表する駄作。前作はまだしも、今回の『カスピアン王子の角笛』はほんとーうにツマらなかった。ディズニーの限界といってしまえば、それまでなんだけど、ちょっとそれにしてもこいつは映画として成立していないのではあるまいか。「期待して観なければ、それなりによくできてたよ」という声も聞いたけど、儂はダメでしたねえ。確かに美術はよくできてた。でも本格的で重厚なセットが、薄っぺらな演出とシナリオのせいでまったくの無駄になっちゃってるのが悲しい。

なんつーかさ、鼠にアキレス腱を切られて人間が死んでしまうとか、活字でならばともかく映像で見せられると不快感しか残らないんだよな。んで、なによりも、その殺される敵役人間側のキャスティングがみなイスラム教徒をイメージさせる、アラビア系の役者だったりするのが、もー耐えられません。アメリカ→キリスト教ファンダメンタリスト→ジョージ・ブッシュ的な価値観の押し付けが、みごとに原作のクリスチャニズムと癒着してキモチワルイことこのうえない。いいかげん映画としてはこちらも締まりがないんだけどライラの冒険シリーズ『黄金の羅針盤』の反宗教的なプロテストを応援したくなってしまいます。あーやだやだ。

観たあとで相方が、こないだはあんなにブーブーいっていたというのに「 もーいっぺん『Mamma Mia!』を観たほうが、まだマシだった 」と洩らしておりました。激しく同意です。

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

ワタクシも、敵兵がバサバサと倒された後にネズミの騎士が颯爽と現れた時には、完全に思考がフリーズしてしまいました。ヒトの眼は切れるのに(うげげ)、なんでネコは殺さない?ラス前のしっぽのコント(...ですよね)もドン引きしたし、、、あれで笑えるのかアッチの子供わ?それになんでラストで一行が花吹雪で迎えられるんだ?兵隊の家族はいないのかー!?

ワタシは、原作もののファンタジー映画は「この監督はあの原作からどういう映像イメージを得たのだろう」というのを見に行くバヤイが多いです(その点で『黄金の羅針盤』は全然オッケーでした)。
で、こういう作り方をしてしまうのは、製作者が原作を理解していない(あるいはファンタジーそのものをなめている)からだと思うのです。そーいう映画はとても辛い。
もちろん、それ以前に「映画」としてどうしようもなく駄作、という場合も多々ありますが...^^;

ファンタジーは各自の想像力の中で完結……というお言葉に深く頷いてしまいました。
ディズニーの『ファンタジア』を「名曲に特定の映像イメージを『植え付けてしまった』作品」と評していた方がいましたが、まさにそれと同じというか……私自身「はてしない物語」の岩波オリジナル1982年版を今だ持ち続けているような人間ですが、映画化されたファンタジーものには食指が動きません。
あ、でも『ライラの冒険』はママ友に誘われて親子で観ました……原作自体を全く知らなかったので特に違和感も何も無かったのですが、露骨に「つづく」という感じの終り方には腹が立ちましたけど。
だったら最初から何部作になります、と書いておいて欲しかった!

拝啓、入江敦彦さま。

御親切なコメントありがとうございました。全く予想も期待もしていなかったので凄く嬉しかったです。
>……「長距離恋愛」の「片思い」という状況は連立し得ないのでは……
私の言葉が至らなかったと思いますので、補足させて頂きますね。
今は「片想い」と言い切るには微妙、という状況だと思っています。
何と言うかな、勝手な思い込みだ、と言われてしまえばそれまでなんですけど……ビアン友達曰く「貴女のことを失いたくない、凄く大切に思っていると思う」……こういう時だけ「女のカン」を信じたい?
あと、これはあくまで私の周囲のビアンに限って、の事か、男女の感覚の違いもあるかもしれませんが、結構連立……というより「悲願達成」している方が居るんですよ。もちろんこれはファンとアイドルのような単純な片想いではなく、少なくとも相手に「想い」が伝わっているからこそ起こること、なのかも知れませんが。
ビアンを自覚しない時に告白されたが全く興味が起こらないまま遠距離になったら、逆に告白された方の想いが募って結ばれたとか、付き合って別れて遠距離になって、数年後に偶然再開してそのままずっとカップルになっているとか。
>……せっかくブライトンの近くに……マイノリティの生存が許される国に住んでいる……
そうなんですよね。
それでも、私が「踏み出せない」理由は単純に言っても三つあります。
①関わっているコミュニティー内の問題
 確かにマイノリティーに対する『慣れ』という点では日本に比べれば雲泥の差があるとは認めますが、それでも有体に言えば特に「大都市以外」の更に「子持ちの女性(又はカップル)」の根っこにある保守性は日英の差はあまり無いと私は感じています。そして、そういう人達ほどその自覚が無く、無神経なゴシップ好き。
 子供の為の補習校(因みに毎週土曜日クロイドンまで出向いています)では、99.9%の人達は私が別居&離婚した事すら知りません。「私は普通の日本人、私の世界が常識」と思い込んでいる、と同時に「日本語の(ゴシップ)ネタ」に飢えている人達が集まっている場所での、ひたすら「子供の立場を考えて」です。
「同性愛の人なんてさ、同性だったら誰でもいい人達なんだよね」「同僚に独身のゲイが居たんだけどね、男性客が来ると目がハートなのよお! 気持ち悪いったらありゃしない!」……待合室で盛り上がる話題の一つです。
英国の学校ではシングルマザーである、という事は公になっているのでまだ気楽ですが、それでもビアンである事は誰も知りません。シングルマザーにしても、結婚はしなくても『私の男』は欲しい、求めるのは当然、子供よりも男、という雰囲気(時に御誘い)にもシンドイものもあります。
そしてこれはやはり「経済力の差」なのかとも思いますが、私はゲイよりもビアンに風当たりが強いと感じています。自分がちょっと批判されただけで直ぐ「あのクソ・レズビアンが!」と大声で叫んだり「レズビアンの『くせに』子供が三人もいるのよ」と嬉しそうに話す人達に「カム」するつもりはありません。
特に「学校」という特殊な(と誰も思わないのが怖い)狭い社会、「呼ばれたパーティーで自分が好きなお菓子を用意していなかった」というだけであることないこと吹聴して回るような子供がいる……意外と「みんなと一緒が当り前」の社会……『街』自体が狭い社会……なんですよね。
「例えば態度の悪いウエーターの悪口を言ったら、回り回って本人の耳に入り、次に行った時にわざと同じ人間がもっとひどい扱いをする可能性がある街だから」とは日本育ちの息子の言葉です。
②性格的な問題
「気持ちの問題」とも言えるでしょうか?
実際、そうしたサイトに提載したり、募集記事に応募してテキスト交換したりした事もあります。サイトの方は自分の顔写真を載せなかった(デジカメやスキャナーといったものを持っていないから。ちなみに車やテレビやソファーもない家ですけどね)からか反応ゼロ、テキストの方は全く話が噛み合わず直接会う事もありませんでした。
でも、結局今の私は、相手の方に「あの人の影」を求めてしまうのだろうな、と思うのです。
例え友達から始めるにしても、そんな気持ちを抱えたままで付き合いを始めるのは相手に対して失礼だ、と思うからです……古いヤツだ、と笑われるでしょうか?
あとは根本的に「人ゴミが大の苦手」であり、「行為自体は嫌いじゃないけど、一人で外食したり飲みに行く事が苦手」というのも大きいと思います。
地方都市の「土日の人出」ですら好きになれないくらいで、用事でロンドンに行った後など、半日くらいの事でもその後暫くはグッタリしてしまうのです……まして一人で行ったとしたらお昼だろうと何時間だろうと全く食べずに帰って来るような人間で。
友達と待ち合わせ、というものなら別でしょうが日本でも余程知っている店でもない限り一人で喫茶店とか、まして飲みに出掛けたことがない人間です。元々、元パートナーにしても「自分の好きな事は自分一人でする」人でしたから、こちらに来て8年、「夜のパブ」に行ったのはシングル仲間が誘ってくれた時に一度だけ。
 実はビアン友達がはるばる訪ねて来てくれた時、ブライトンでビアン用と公表されているカフェやバーに入ろうとはしたんですよ。でも、余りに身内的というか、閉鎖的な雰囲気で二人共回れ右してしまいましたの。普段から好奇の目に晒され続けているようなものですから、勢いそういう雰囲気になってしまうのも仕方ないとは思ったんですけどね……。
③経済的な問題
 表面的にはこれが大きいと思います。
 今の私は諸事情からこちらの人に頼まれてパーティー用にお寿司を作ったり(元々料理人なので)日本人関係の中でお直しを中心にした洋裁仕事を請け負っているくらいで(因みに洋裁の正式な資格などはありませんが仕事はプロ級と言われます、御用命の際はよろしく)定期的な仕事はなく、生活のほぼ全体を保護に頼っている状況(元パートナー=子供の父親からの「養育費」はCSA/Child Support Agencyが強制回収出来る最低額の「週£10」のみ)で、例えば外食にしても「値段に見合ったレベルが周囲にない」「食べ仲間が居ない」のは事実ですし、£5のジャンクを10回食べるよりも£50で一回のディナーを楽しみたい方ですが、今はそうして節約したお金を全て子供の教育費(特に補習校の学費や交通費)や生活に回すことで回っている状況です。
 ②にも重なりますが、今は一人で気軽にバーやクラブに出掛けられる状況ではないのです。

 それでも、変な話ですが、私は『今の私』が今までの生涯で一番好きなんですよ。
 自分が何であるかハッキリして、自分のやりたい事をやっている、という自覚が持てるからでしょうね。お金を節約すればちゃんとその分残っていますし……横からかっさらって行かれるような事が無いのもありがたいですし。
 何よりも「自分の為に使える時間」というのがこんなにありがたいものか、こんなにも贅沢なものか、と思っています。例え世間的に見て「お金が無い」状態であっても、今は「時間が私に寄添ってくれる」のが、本当に嬉しいのです。だからこそでしょうが、別居以来、特に「ビアン」を自覚して以後に周囲から「綺麗になった」と言われるようになったんですよね……元パートナーが「ダサいから近寄るな」と手もつないで歩いてもらった事がない……私が!
 娘も未だ「結婚したい相手」が毎日変わるような年頃ですが、よく「マミィは〇〇の事が大好きなんだよね」と言ってくれています。
 心から好きな人がいる……て、素晴らしいですよね。      敬具

追伸;長々とごめんなさい!


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